修士論文(1997~2017年度)
| 年度 | 論文題目 | 主査 | 副査 | 副査 | |
| 2017 | 責任と現実 | 那須壽 | 竹中均 | 草柳千早 | |
| 合理的選択理論からする「個人化論」再考 | 和田修一 | 浦野正樹 | 嶋﨑尚子 | ||
| 日本の若者が抱く排外主義の規定要因分析 | 田辺俊介 | 嶋﨑尚子 | 津田好美 | ||
| 中国における「一人っ子」家庭の家族関係をめぐる意識の変化 | 津田好美 | 嶋﨑尚子 | 大久保孝治 | ||
| 2016 | 「心の専門家」の制度的展開 | 山田真茂留 | 木村好美 | 那須壽 | |
| 「信頼社会」構想の再検討とその可能性の探求 | 草柳千早 | 那須壽 | 竹中均 | ||
| 日中国際結婚に見る中国人女性の就労と子育ての葛藤 | 大久保孝治 | 嶋﨑尚子 | 山田真茂留 | ||
| アクティブラーニングによる学習成果の規定要因 | 木村好美 | 和田修一 | 田辺俊介 | ||
| 中国北京市における「初代一人っ子親世代」の扶養・介護問題に関する考察 | 嶋﨑尚子 | 山田真茂留 | 和田修一 | ||
| 2015 | 女性同性愛者はどのような「差別」を経験しているのか | 草柳千早 | 大久保孝治 | 岡部耕典 | |
| 「望ましい人材」の変遷と現代社会 | 山田真茂留 | 草柳千早 | 竹中均 | ||
| 裁判員裁判における「市民感覚の反映」 | 草柳千早 | 嶋﨑尚子 | 山田真茂留 | ||
| 社会的世界の構成と匿名性 | 那須壽 | 竹中均 | 草柳千早 | ||
| 現代の教師が有する子ども観についての社会学的分析 | 和田修一 | 岡本智周 | 竹中均 | ||
| 2014 | 地域社会の変容と成人期への移行の世代間比較 | 嶋﨑尚子 | 浦野正樹 | 沖清豪 | |
| 広告業界における自律の論理 | 木村好美 | 山田真茂留 | 田辺俊介 | ||
| 炭鉱機械化の促進因としての労働者エートス | 浦野正樹 | 嶋﨑尚子 | 和田修一 | ||
| 一人称の感情社会学の展開 | 竹中均 | 大久保孝治 | 土屋淳二 | ||
| 精神医学における「人々の作り上げ」 | 草柳千早 | 土屋淳二 | 竹中均 | ||
| 日本と韓国における外国人労働者受入れ政策の比較分析 | 和田修一 | 坂田正顕 | 嶋﨑尚子 | ||
| 2013 | 地域密着型労働組合の社会学的研究 | 和田修一 | 浦野正樹 | 中村圭介 | |
| 言えないから言わないへ――同性愛者のカミングアウトをめぐる語りと自己の変容 | 大久保孝治 | 長田攻一 | 草柳千早 | ||
| 社会調査の比較社会学 | 那須壽 | 嶋﨑尚子 | 池岡義孝 | ||
| 中国における教育の不平等 | 山田真茂留 | 沖清豪 | 嶋﨑尚子 | ||
| イギリスにおける福祉機能の組み換えと下層労働者層の流入 | 浦野正樹 | 長田攻一 | 嶋﨑尚子 | ||
| 2012 | 「同性愛差別」再考 | 草柳千早 | 長田攻一 | 山田真茂留 | |
| 個人と社会の相互作用の回復 | 森元孝 | 坂田正顕 | 嶋﨑尚子 | ||
| クレイム申し立てのカルチュラル・スタディーズ | 草柳千早 | 坂田正顕 | 岡部耕典 | ||
| 2011 | 過疎地域における地域産業の復興と地域社会の持続可能性 | 浦野正樹 | 長田攻一 | 坂田正顕 | |
| タルコット・パーソンズと普遍主義の射程 | 山田真茂留 | 長田攻一 | 坂田正顕 | ||
| 他者と共にある世界の構成について | 森元孝 | 那須壽 | 竹中均 | ||
| 歪められた身体 | 土屋淳二 | 草柳千早 | 坂田正顕 | ||
| 前期シュッツ社会理論の認識論的考察 | 森元孝 | 那須壽 | 竹田青嗣 | ||
| 2010 | E.ゴフマンの儀礼論における射程と視座 | 長田攻一 | 草柳千早 | 那須壽 | |
| 地域活動の多様化と文化的創造性 | 浦野正樹 | 長田攻一 | 坂田正顕 | ||
| 現代中国における権威主義と腐敗 | 坂田正顕 | 長田攻一 | 浦野正樹 | ||
| 若手芸術家の<生産>――アートプロジェクトに見る現代美術の文化生産 | 草柳千早 | 浦野正樹 | 坂田正顕 | ||
| 2009 | 自傷行為に対する当事者の認識と心理職・精神医療従事者の認識に関する質的研究 | 嶋﨑尚子 | 草柳千早 | 周藤真也 | |
| フーコーと国家――権力関係論における国家の位置 | 那須壽 | 森元孝 | 桜井洋 | ||
| 消費社会と倫理的消費――後期近代における消費主体の形成と展開 | 山田真茂留 | 和田修一 | 土屋淳二 | ||
| 2008 | 身体作法の系譜 | 長田攻一 | 大久保孝治 | 山田真茂留 | |
| 「テレビ・オーディエンス」再考 | 長谷正人 | 長田攻一 | 伊藤守 | ||
| アルチュセールにおけるイデオロギーと主体概念の再構築 | 長谷正人 | 長田攻一 | 那須壽 | ||
| まちづくりと新しい文化的実践の定着―阿佐谷ジャズストリートの事例調査から | 浦野正樹 | 森元孝 | 山田真茂留 | ||
| ライトノベルの文化生産 | 長谷正人 | 山田真茂留 | 大久保孝治 | ||
| ゲオルグ・ジンメルの社会学理論――その特徴と変遷 | 那須壽 | 森元孝 | 桜井洋 | ||
| 2007 | 戦争のイメージ化と身体 | 長谷正人 | 長田攻一 | 伊藤守 | |
| 自主上映の社会学的考察―コミュニティシネマを中心に― | 長谷正人 | 浦野正樹 | 伊藤守 | ||
| 「国民」の創出過程における近代日本音楽教育の役割―『音楽雑誌』の分析を中心に― | 和田修一 | 嶋﨑尚子 | 小沼純一 | ||
| 2006 | 念写写真のメディア史考察 | 長谷正人 | 長田攻一 | 若林幹夫 | |
| 「ひきこもり」の社会学的研究 ―当事者の語りにみる「社会復帰」の可能性 |
和田修一 | 長田攻一 | 大久保孝治 | ||
| グローバリゼーション論―ユルゲン・ハーバーマスの理論的視点によるグローバリゼーション論 | 森元孝 | 那須壽 | 桜井洋 | ||
| 2005 | 闘争的スポーツの意味空間―形態社会学の哲学的検討― | 和田修一 | 山田真茂留 | 大平章 | |
| 消費社会と宗教 | 森元孝 | 山田真茂留 | 塚原史 | ||
| 現実の構成と相互行為 | 那須壽 | 長谷正人 | 山田真茂留 | ||
| 自己啓発セミナーの語られかた―集団内の自律と他律をめぐって― | 山田真茂留 | 長谷正人 | 坂田正顕 | ||
| 物語行為における「聴く」ことの可能性―ひめゆりの物語の歴史社会学― | 長田攻一 | 大久保孝治 | 片桐雅隆 | ||
| 都市の郊外化にみる沿線開発戦略と消費社会化 | 長田攻一 | 浦野正樹 | 長谷正人 | ||
| 2004 | 中絶は何故「悲しいこと」か―インターネット上の当事者言説から― | 浦野正樹 | 大久保孝治 | 嶋﨑尚子 | |
| 家族を見るということの社会論理 | 大久保孝治 | 長田攻一 | 池岡義孝 | ||
| 現代四国遍路における「善根宿」 | 長田攻一 | 坂田正顕 | 大久保孝治 | ||
| 死児写真をめぐる考察―写真における「出会い」と「よみがえり」― | 長谷正人 | 長田攻一 | 高橋世織 | ||
| 現代居住のあり方の社会学的考察 ―六本木ヒルズレジデンスを事例として― |
浦野正樹 | 長谷正人 | 店田廣文 | ||
| 新宗教と<迷信呪術>をめぐる言説 ―マスメディアにおける「新宗教」像の通時的分析― |
和田修一 | 長田攻一 | 坂田正顕 | ||
| 歴史的出来事をめぐる複数の記憶 ―アウシュヴィッツミュージアムにおける見学者の理解可能性と理解不能性― | 長谷正人 | 森元孝 | 高橋順一 | ||
| 2003 | 超越論的論法の構造と機能 | 森元孝 | 那須壽 | 桜井洋 | |
| NPOの現代的意義 | 正岡寛司 | 和田修一 | 浦野正樹 | ||
| 秩序問題の再定位 | 那須壽 | 長田攻一 | 森元孝 | ||
| 日本、台湾の大学生における価値志向性比較 -テレビ視聴経験を基に- | 長田攻一 | 坂田正顕 | 豊田秀樹 | ||
| 感情の文脈から見るゴフマン | 長田攻一 | 長谷正人 | 奥村隆 | ||
| 2002 | 快楽と自己 | 那須壽 | 長田攻一 | 長谷正人 | |
| 感情労働と自己―サービス労働研究のための一考察 | 長田攻一 | 坂田正顕 | 長谷正人 | ||
| 都市移住における第一次的関係の役割 | 浦野正樹 | 大久保孝治 | 店田廣文 | ||
| 音楽社会学―ポストモダン社会におけるポピュラー音楽のパースペクティヴ― | 長田攻一 | 大久保孝治 | 長谷正人 | ||
| ポスト高度成長期における「社会」の見えかたの変容 ―「不公平感」の経年変化の探究から― |
和田修一 | 坂田正顕 | 奥村隆 | ||
| 2001 | 自然的態度の構成現象学と知の理論―相互行為と知と相互主観性― | 那須壽 | 佐藤慶幸 | 長田攻一 | |
| 複合社会とセルフのメタモルフォーゼ | 長田攻一 | 那須壽 | 北澤裕 | ||
| Typik und Pragma 類型性と実践 | 那須壽 | 佐藤慶幸 | 森元孝 | ||
| インターネット空間に関するメディア論およびコミュニケーション論的考察―個人ホームページを中心として― | 坂田正顕 | 長田攻一 | 大久保孝治 | ||
| 秩序と非合理性の関係について―オカルト・超常現象の形態分析― | 和田修一 | 長田攻一 | 大久保孝治 | ||
| 中高年ホワイトカラーの「働き方」の再構築―転職成功者を事例として― | 大久保孝治 | 嶋﨑尚子 | 河西宏祐 | ||
| 「感覚」の社会学―ジンメル・ゴフマン・シュッツを中心に― | 長田攻一 | 那須壽 | 濱口晴彦 | ||
| 2000 | 社会科学における情報論的アプローチ再考 | 坂田正顕 | 長田攻一 | 森元孝 | |
| 「社会運動とマスメディア」―アジェンダ研究との相補的綜合モデルの提示― | 和田修一 | 佐藤慶幸 | 浦野正樹 | ||
| 1999 | 社会空間の重層的構造―「スケール-領域」概念の再検討 | 浦野正樹 | 秋元律郎 | 長田攻一 | |
| メディアに見る倫理の語られ方とその内容 ―日本における初の脳死・臓器移植前・後― |
和田修一 | 坂田正顕 | 大久保孝治 | ||
| ニクラス・ルーマンにおける社会システム理論と時間の関係 | 森元孝 | 坂田正顕 | 那須壽 | ||
| マージナリゼーションとしてのグローバリゼーション | 長田攻一 | 浦野正樹 | 坂田正顕 | ||
| 非異性愛者「女性」による自己定義の過程 | 正岡寛司 | 長田攻一 | 佐藤慶幸 | ||
| 学生運動の発生、その社会的要因と意味 ―1960年代後半の先進国学生運動を中心に― |
正岡寛司 | 浦野正樹 | 大久保孝治 | ||
| 1998 | 近代における空間の社会的構成―ルフェーブル『空間の生産』からの展開― | 長田攻一 | 秋元律郎 | 浦野正樹 | |
| シュッツとルーマンにおける<意味>概念の比較 ―両者の<意味>概念の解明と比較への展望― |
那須壽 | 佐藤慶幸 | 森元孝 | ||
| 「学園闘争」という社会運動、その社会的背景と意味 ―1970年前後の学園闘争を焦点にして― |
浦野正樹 | 坂田正顕 | 和田修一 | ||
| 進路選択とジェンダー形成の過程 | 正岡寛司 | 佐藤慶幸 | 和田修一 | ||
| ブルターニュ地域主義運動の変遷 | 坂田正顕 | 秋元律郎 | 浦野正樹 | ||
| 人工妊娠中絶における女性の自己決定権と優生思想 | 和田修一 | 長田攻一 | 坂田正顕 | ||
| P.ブルデュー「知識人界」理論の射程 | 那須壽 | 佐藤慶幸 | 濱口晴彦 | ||
| J・ハーバマスのコミュニケーション的行為論の理論的手法をめぐって | 森元孝 | 佐藤慶幸 | 長田攻一 | ||
| 対面的相互作用へのErving Goffmanのアプローチ | 正岡寛司 | 長田攻一 | 大久保孝治 | ||
| G.H.ミードにおける行動理論の構成 | 長田攻一 | 坂田正顕 | 那須壽 | ||
| 1997 | タルド=デュルケム論争の学説史的検討 ─忘れられた古典の再評価に向けて─ |
坂田正顕 | 秋元律郎 | 濱口晴彦 | |
| 感情社会学の展開に向けて─感情マネージメント理論の再構成と家族研究への応用のために─ | 正岡寛司 | 坂田正顕 | 大久保孝治 | ||
| 戦後のマスメディアにおける「主婦」の意味の変容 ─『朝日新聞』の「主婦」記事の検討─ |
和田修一 | 長田攻一 | 森元孝 | ||
| 日刊新聞社会面の成立とその変遷 | 長田攻一 | 和田修一 | 坂田正顕 | ||
| 精神分裂病の社会的構築 ─狂気と正気の隔壁の決潰─ | 那須壽 | 長田攻一 | 和田修一 | ||
| シュッツ初期草稿についての考察 ─『生活諸形式と意味構造』を中心に─ | 那須壽 | 佐藤慶幸 | 森元孝 | ||
| 科学社会学における「発見」概念の考察 | 坂田正顕 | 秋元律郎 | 森元孝 | ||
| 近代における社会的年齢の意味 ─Neugarten B.L.の年齢-地位システムを中心に─ |
正岡寛司 | 正岡寛司 | 藤見純子 |